株式会社 海田鋼材宣言
幸福な人生をあゆむために、わたしたちは、海田鋼材に集います。
わたしたちの人生は、家族、お客様、地域とともにあり、その幸福に貢献することをよろこびとします。
わたしたちは、そのために共に学び、考え、力を合わせます。
わたしたちは、このことにより自己を成長させ、よりよく人として生き、充実した幸福な人生をあゆみます。
そしてわたしたちは、誇りを持って、この企業を未来に引き継いでいきます。
株式会社 海田鋼材 沿革
大正 5年 | 江部乙(現在滝川市)屯田として渡道した久留米藩士族海田家、はっか景気にわく北見市(当時野付牛町)に移住し、現在の本店所在地にて、海田幸助、ツルヨが海陸物産移出業を営む。 |
大正12年 | 海田 一(はじめ)が事業を継承し、薬種天産物移出業に転業する。 |
昭和25年 | 鋼鉄業に転業し、薄板などを取り扱う。 |
昭和27年 | 5月23日、資本金100万円、株主7名にて、株式会社海田商店 設立、海田 一(はじめ)が初代社長に就任、この頃よりトタン板を取り扱い始める。 |
昭和28年 | 資本金を200万円とする。 |
昭和34年 | 北見市南仲町に倉庫を設置(現在の南仲町倉庫) |
昭和36年 | 昭和35年度(第9期)決算にて、年間売上高が初めて一億円を超える。 |
昭和42年 | 海田智恵能(ちえの)が第2代社長に就任、社名を株式会社海田鋼材に変更、大通倉庫を取得。(現在駐車場) |
昭和45年 | 現在の南仲町倉庫において長尺屋根材の成型加工を始める。 |
昭和48年 | 昭和47年度(第21期)決算にて、年間売上高がはじめて5億円を超える。 |
昭和49年 | 資本金を500万円とする。 |
昭和50年 | 資本金を750万円とする。 |
昭和51年 | 資本金を1,000万円とする。 |
昭和54年 | 昭和53年度(第27期)決算にて、年間売上高がはじめて10億円を超える。 |
昭和55年 | 工場を北見市常盤町に新設する。(現在の常盤町倉庫) |
平成 2年 | 豊地工場を北見工業団地に新設し、旧工場を倉庫(現在の常盤町倉庫)とする。 |
平成 4年 | 海田 司が第3代社長に就任。 |
平成 14年 | 海田 有一が第4代社長に就任。 |
平成17年 | 資本金を3,000万円とする。 |
平成19年 | 資本金を4,000万円とする。 |
令和3年 | 石崎 徹が第5代社長に就任。 |